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2006.01.22

朝日朝刊:高村薫氏の寄稿に疑問...

2006/Jan/18 朝日朝刊の社会面。宮崎勤事件の判決が出たことによる、高村薫氏の寄稿は「被告の世界、今そこに」と題されている。私がとても疑問を感じたのは下記の点だ。

「おたく」その後、むしろ時代の先端として社会に広く受け入れられ、おおっぴらに消費されている。小学生の少女アイドルは珍しくなくなり、秋葉原では少女たちを人形のように着飾らせた撮影会に、白昼、青年たちが群がる。また、インターネットの爆発的な普及によって、性的な映像情報は日常生活にあふれだしている。
 かつて宮崎被告がこっそり楽しんでいた世界が、今では日常の隣にある。

2006/Jan/12の私のエントリで森川嘉一郎氏の論考を取り上げた。
too high: 朝日夕刊:新・欲望論「『萌え』利用した優越感」
http://dunga.cocolog-nifty.com/too_high/2006/01/post_ab1e.html

今回の高村氏の寄稿は、まさに森川氏の指摘しているオタクを見る側の人々の「『萌え』利用した優越感」そのままではないか!

森川氏の論考は

おたくの消費行動の場合、逆に消費する側の異常性がわかりやすく演出され、彼らに対する差別的な優越意識に共感するようにし向けられる。そこであらわになるのは、おたくの欲望というよりむしろ、彼らを見る側の欲望である。
に集約されると思う。結局はステレオタイプに当てはめて安心したいのだと思う。

そもそも事実誤認なのだ。高村氏の寄稿は「宮崎被告が楽しんでいた世界=日常の隣」という前提に立っている。しかし、皮肉なことにその下の欄に登場している大塚英志によれば
「宮崎被告所有のビデオ約6千本のうち性的なものや残酷なものは約1%しかない」
と指摘されている。

高村氏が立っている事実も結局は一番初めに見せられたあの映像の印象なのだろう。それも私の2006/Jan/12の私のエントリの繰り返しになるが、あの衝撃的だと思われた映像も、宮崎被告の部屋に一番始めに入った記者によって恣意的に作られたのものである。

不可視型探照灯 事件報道のリソースに「恣意的な映像」を加えていたマスコミ、それを黙認するマスコミ。
http://erict.blog5.fc2.com/blog-entry-165.html

そのような今やステレオタイプ的な情報を元に宮崎被告を論じてみても、読者は「そうだ、そうだ」と安心するだけで、それを読んだ瞬間に思考停止するだけだ。
インターネット上に性的な情報があふれているのは事実であるし、痛ましい事件が抑止されていないもの事実である。しかしその解決策は、単にレッテル貼りだけをして安心しているだけでは、なにも生み出さない。

私も宮崎被告は死刑を免れないと思う。結局は竹熊氏がたけくまメモで書いているような結論になるのかなと思いつつ、自分の考えを巡らしています。

たけくまメモ: 宮崎勤の死刑判決に思う
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2006/01/post_1c33.html

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