朝日夕刊:新・欲望論「『萌え』利用した優越感」
2006/Jan/11(Wed)朝日夕刊の「新・欲望論」は、2004年のヴェネチア・ビエンナーレでオタクを紹介した建築学者の森川嘉一郎氏。
「『萌え』利用した優越感」と題された、最近のオタクに関する報道や、一般の人々の見方に関する論考。
私はいわゆるアニメ好きなオタクではないし、秋葉原に行くこともない。しかし最近のオタクや秋葉原への差別的な見方や偏見は、とても気になっていた。
電車男、メイドカフェなどと秋葉原に集まる人々を持ち上げているように一見は見える。今期のフジテレビの中間決算報告書の表紙は、全面アスキーアートで埋め尽くされていた。
しかし、結局は犯罪者予備軍とか、ひきこもりとかニートなどのステレオタイプにはめている。
たぶんそうやって理解した方が既存の枠にはめられるから、分かりやすいし、安心するからだろう。
そのような偏見やマスコミの見方はどのような「欲望」から行われているのか?を森川嘉一郎氏は論じている。
この記事で論じられる「欲望」とは、
通常ある市場が注目を集めると、メディアは、誰もが理解しやすいように、その人気を説明しようとする。ところがおたくの消費行動の場合、逆に消費する側の異常性がわかりやすく演出され、彼らに対する差別的な優越意識に共感するようにし向けられる。そこであらわになるのは、おたくの欲望というよりむしろ、彼らを見る側の欲望である。
と、オタクに対する差別的見方はオタクを見る側の人々の「『萌え』利用した優越感」である、と書いている。
さらに、その典型的な姿として「メイド喫茶」をあげて
マスコミの人たちは、秋葉原で、「メイド喫茶」を見つける。その実態は、ゲームソフトや同人誌などを求める人たちが秋葉原に集中した結果、副次的にできた飲食店に過ぎない。店員が漫画的なメイドの恰好をしているのも「お袋の味」を謳う定食屋の給仕が割烹着を着るのとさして変わらない。
~中略~
おたくたちがウエートレスたちの服従的な振る舞いに癒やしを求めて、ハマりこみ、新たな「産業」をなすほどになっているかのようなイメージを面白おかしく作り上げた。
と書いて、
一笑に付すべき無邪気な軽薄さに見えて、そこには根深い問題が潜んでいるとしている。
このようなアニメやマンガ好きの人間と変質者が関連づけられるようになったのはあの宮崎勤の部屋からの連想だ。しかし、そのイメージすらもマスコミによって恣意的に作られたものだということにも記事では触れられている。
記事でのブログの参考リンク↓
不可視型探照灯 事件報道のリソースに「恣意的な映像」を加えていたマスコミ、それを黙認するマスコミ。
http://erict.blog5.fc2.com/blog-entry-165.html
余談だけど、抹殺されてしまったと思った読売ウイークリー編集部のブログ記事がこんな形で、朝日新聞から再燃したかと思うとコレもオモシロイ。
最後の締めがいい
金の卵に関心が寄せられれば寄せられるほど、それを生み出してきたガチョウが醜い存在として卵から切り離され、欲望によって殺される。そのような古典的愚行が展開されている。
ん~なんだか胸のすくような切り方!
以下、参考のリンクや本など
ヴェネチアビエンナーレがNHK教育の新日曜美術館で紹介されたときの、私のブログ記事はこちら
too high: 「変容」Metamorph
http://dunga.cocolog-nifty.com/too_high/2005/02/metamorph.html
約3年前に出た本だが..
幻冬舎 (2003/02)
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