2009.12.14

東京都写真美術館:木村伊兵衛とブレッソン

日曜日(2009.Dec.13)は恵比寿の写真美術館へ。

木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン東洋と西洋のまなざし
http://www.syabi.com/details/kimura.html

「セバスチャン・サルガド アフリカ」展
http://www.syabi.com/details/sarugado.html#info

木村伊兵衛とブレッソンの展示会目当てで行ったのだけど、サルガドの展示会は最終日と言うこともありとんでもない大混雑。
受付で先にサルガドの展示会を見るように勧められる。二時前に入ったときは行列もなく入れたけど、ゆっくり写真を見る感じじゃない。一つ一つが重い写真で見入ってしまうから、混雑するのもわかる。
砂漠の風景はモノクロで撮影すると、そのコントラストがより強調されてカラー写真より雄弁な写真になると感じた。
サルガドの展示会を出る頃には、入場制限がかかり一時間待ちとか..

でも木村伊兵衛とブレッソンの作品展はゆっくり見られた。ほとんどの人はサルガドだけみて帰ってしまうのは、もったいないなぁと思う。木村伊兵衛やブレッソンのストリートスナップは、サルガドに比べれば地味かも知れないけど、その時代の人々の生活が伝わってきてこれも面白いとは思うのだけど...

特に見入ってしまったのはコンタクトシート(今風に言えばインデックスプリント)。美の巨人たちでも取り上げられた「本郷森川町」を含むコンタクトシートは釘付け。

EPSON~美の巨人たち~木村伊兵衛・作『本郷森川町』
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/f_051001.htm

木村伊兵衛は、同じ被写体を何度も撮ることは少ない。被写体が撮られていることを気づかないうちに、撮ってしまう早技がコンタクトシートを見てもわかる。
でも「本郷森川町」は他の写真とは違って、同じアングルで何枚も撮影している。それでも10枚には満たなかったと思う。

写真の撮られた時代は二人とも20世紀後半でありながら、パリを初めとするヨーロッパはその姿がほとんど変わっていない。先月パリに10日間いたけど、こんな風景あるなぁとうなづける。
一方東京を中心とする日本はその姿をまったく変えてしまっている。どちらがいい悪いではなく、そういう文化なのだ。それだけに日本でストリートスナップを撮っておくというのは、歴史に残らない生活の記録という意味で大切なのではないかと思った。

僕とライカ 木村伊兵衛傑作選+エッセイ
僕とライカ 木村伊兵衛傑作選+エッセイ

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2009.02.12

通りかかりにThe Independent GR写真展を見る

専門学校の昼休み、偶然The Independent GR写真展を見つけ入ってみました。

| gallery mestalla | The Independent GR |

リコーGR/GXで撮影した「The Independent GR」展

企画は面白いなと思って思わず入ったんだけど、肝心の写真はなんだか...これがGRの写真?という印象。なんだか眠い写真が多く、特別印象に残った作品はない。
私はGR-1vのユーザーです。銀塩フィルムを礼賛するわけではないですが、展示会の写真は多くがGR-DIGITALのⅠかⅡで撮影された作品がほとんど。GR-DIGITALってこんなものなのか、と残念な印象だけが残った展示会でした。

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2006.10.23

読書(?)メモ:石田徹也遺作集

2006/Sep/17放送の新日曜美術館で初めて知った画家だ。
録画したものを何度か見直し、さらに画集まで購入してしまった。

本当に見ているだけで息苦しくなってくる作品だ。でも目を背けることができず、画集に釘付けになってしまう。
ふだん自分が感じないようにしている感情を冷静に見せられている。

石田徹也と自分の生まれた年が近いということもあるし、知ったときには既に亡くなっていたという事実がさらに重く自分にのしかかってくる。(亡くなったと言うことを作品の解釈に加えることは、本人は望んでいないと思う。しかし亡くなるまでなかなか広く知られなかったというのも事実...

常に手元に置いてふと見返す画集になると思います。

石田徹也遺作集
石田徹也遺作集
posted with amazlet on 06.10.23
石田 徹也
求龍堂

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2006.01.12

朝日夕刊:新・欲望論「『萌え』利用した優越感」

2006/Jan/11(Wed)朝日夕刊の「新・欲望論」は、2004年のヴェネチア・ビエンナーレでオタクを紹介した建築学者の森川嘉一郎氏。
「『萌え』利用した優越感」と題された、最近のオタクに関する報道や、一般の人々の見方に関する論考。

私はいわゆるアニメ好きなオタクではないし、秋葉原に行くこともない。しかし最近のオタクや秋葉原への差別的な見方や偏見は、とても気になっていた。

電車男、メイドカフェなどと秋葉原に集まる人々を持ち上げているように一見は見える。今期のフジテレビの中間決算報告書の表紙は、全面アスキーアートで埋め尽くされていた。
しかし、結局は犯罪者予備軍とか、ひきこもりとかニートなどのステレオタイプにはめている。
たぶんそうやって理解した方が既存の枠にはめられるから、分かりやすいし、安心するからだろう。

そのような偏見やマスコミの見方はどのような「欲望」から行われているのか?を森川嘉一郎氏は論じている。
この記事で論じられる「欲望」とは、

通常ある市場が注目を集めると、メディアは、誰もが理解しやすいように、その人気を説明しようとする。ところがおたくの消費行動の場合、逆に消費する側の異常性がわかりやすく演出され、彼らに対する差別的な優越意識に共感するようにし向けられる。そこであらわになるのは、おたくの欲望というよりむしろ、彼らを見る側の欲望である。

と、オタクに対する差別的見方はオタクを見る側の人々の「『萌え』利用した優越感」である、と書いている。

さらに、その典型的な姿として「メイド喫茶」をあげて

マスコミの人たちは、秋葉原で、「メイド喫茶」を見つける。その実態は、ゲームソフトや同人誌などを求める人たちが秋葉原に集中した結果、副次的にできた飲食店に過ぎない。店員が漫画的なメイドの恰好をしているのも「お袋の味」を謳う定食屋の給仕が割烹着を着るのとさして変わらない。

~中略~
おたくたちがウエートレスたちの服従的な振る舞いに癒やしを求めて、ハマりこみ、新たな「産業」をなすほどになっているかのようなイメージを面白おかしく作り上げた。

と書いて、
一笑に付すべき無邪気な軽薄さに見えて、そこには根深い問題が潜んでいる
としている。

このようなアニメやマンガ好きの人間と変質者が関連づけられるようになったのはあの宮崎勤の部屋からの連想だ。しかし、そのイメージすらもマスコミによって恣意的に作られたものだということにも記事では触れられている。

記事でのブログの参考リンク↓
不可視型探照灯 事件報道のリソースに「恣意的な映像」を加えていたマスコミ、それを黙認するマスコミ。
http://erict.blog5.fc2.com/blog-entry-165.html

余談だけど、抹殺されてしまったと思った読売ウイークリー編集部のブログ記事がこんな形で、朝日新聞から再燃したかと思うとコレもオモシロイ。

最後の締めがいい


金の卵に関心が寄せられれば寄せられるほど、それを生み出してきたガチョウが醜い存在として卵から切り離され、欲望によって殺される。そのような古典的愚行が展開されている。

ん~なんだか胸のすくような切り方!

以下、参考のリンクや本など

ヴェネチアビエンナーレがNHK教育の新日曜美術館で紹介されたときの、私のブログ記事はこちら
too high: 「変容」Metamorph
http://dunga.cocolog-nifty.com/too_high/2005/02/metamorph.html

約3年前に出た本だが..

趣都の誕生 萌える都市アキハバラ
森川 嘉一郎
幻冬舎 (2003/02)
売り上げランキング: 7,106

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2005.12.04

新日曜美術館:東洋的ですね、といわれたらオシマイ

2005/12/04の新日曜美術館は李禹煥(リ ウファン)の特集。
恥ずかしながらこの番組で初めて彼を知る。

番組冒頭の説明によれば、20歳で韓国から日本にやってきて日本とヨーロッパで主に活躍するアーティストだということだ。
現在横浜で展覧会が開かれている。その展覧会の準備や制作過程を紹介しながら番組は進む。

概要:李禹煥 余白の芸術
http://www.yma.city.yokohama.jp/exhibition/2005/special/03_leeufan/

まだ感想としてまとめられないのだが、非常に興味深い言葉がたくさんあったのでアップしておく。

「作らないで作ること。最小限で最大限の交感を求める。」

鎌倉にある彼の自宅兼アトリエの様子が映る

普通絵を描く時に息を吐いて描く時と、息を止めて描く時とふたつあるんですね。 息を吸いながら描くってことはないんです。 で、日本語でもおもしろいことに「一息入れてやりましょう」  ね、休む時に息を入れるんですよ。で、仕事する時には、止めるか吐くんです。 こりゃすごくおもしろい。 だから体にいっぱい充満しているものがないとダメだと言うことです。

彼が作品を作る映像が流れるが、かなり激しく息を吸ったり吐いたり止めたりしながら
作品を作っている。これは自分が仕事をしている時のことを考えても納得がいく。
気づくと息を止めて仕事をしていて、苦しくなることが多々ある、

世田谷美術館 館長 酒井忠康氏のインタビュー

ヨーロッパで「東洋的ですね、といわれたらおしまいなんだよね」と言う。 えっ、いやでもそれは、ほめ言葉じゃないですか?と、酒井氏が聞き返す
すると李氏は呵々大笑しながら、「東洋的だ」と言われるということは、つまり彼ら(ヨーロッパの人々)のレベルで話をしているのではない、彼らの正式な意味で評価されているのではない。蔑まれているというか、一段下で見られているようなものだ。と話していた。
というインタビュー。

展示会は12月23日までやっている。ん~見に行かなくては。

李禹煥 余白の芸術
http://www.yma.city.yokohama.jp/exhibition/2005/special/03_leeufan/

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2005.03.03

日経連載:異界を覗くレンズ 十選

日経最終面での平田オリザ氏の連載「異界を覗くレンズ 十選」が今日で終了。
「愛の流刑地」を横目でながめつつ連載を楽しみました。

取り上げられた作品は...
 ●異界を覗くレンズ 十選● 
   2005/Feb./15-2005/Mar./03
 1:02/15 フェルメール 「絵画芸術の寓意」
 2:02/16 イヴ・クライン 「青いヴィーナス」
 3:02/18 葛飾北斎   「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」
 4:02/21 アンリ・ルソー  「戦争」
 5:02/24 山下清      「パリのサンクレール寺院」
 6:02/25 草間彌生    「無限の網」
 7:02/28 岡本太郎    「太陽の塔」
 8:03/01 ピカソ      「海辺を走る二人の女」
 9:03/02           「ヘラクレスと戦うアポロ」
 10:03/03 カディンスキー 「空の青」
   
5回目の山下清の記事の冒頭から引用
 
 

大学に入り立てで、日本の間違った芸術教育や国語教育によって、
 「作家は主題に沿って作品を作り、それを表現する」
 と思いこんでいる学生たちに、
 「いやいや芸術家というのは、見たまま、聞いたままを、そのまま作品に
 しているのだよ」
 と説明するために、私は、この山下清の絵を見せることにしている。
 

この文が今回の連載を端的に表現した文書ではないだろうか。
イヴ・クラインも北斎も草間彌生もピカソも「見たまま、聞いたままを、
そのまま作品」にしている。
そのような異界を見ている芸術家の視線を、我々は作品を通して
追体験することができる。

ふと美術館に行きたくなるのは、自分とは異なった視線や世界を体験
したくなるからなのだろう、となんとなく思う。
 
私が気になった作品は 
 ○フェルメール:
 昨年(2004)東京都美術館のフェルメール展で初めて見た。
 元々有名な作品ではあるが、なにか普通とは違う感じがする。
 見ていてもなんだか落ち着かないのだ。
 と、思っていたら同時期に新日曜美術館でフェルメールの特集があった。
 森村泰昌氏による作品の再現を見て、あの不思議な遠近感に
 納得した記憶がある。
 
 絵画芸術の寓意
 http://www4.ocn.ne.jp/~artart/versub/painting.html 
 
 ○イヴ・クライン:
  イヴ・クラインの有名な青色IKB(インターナショナル・クライン・ブルー)
  はとても鮮やかなブルーだ。いつまでも見ていたくなる色だ。
  ナディッフでたまに売っているのを見かける。見るたびに買おうかと
  思いつつ、買わないままきている。でも、何か惹きつけられる色なのだ。
  
  「青いヴィーナス」の本物は見たことがない。コレは新聞の白黒写真で
  見るとかなり苦しい。こちらのサイトで写真が見られる、
  イヴ・クライン
  http://www.icnet.ne.jp/~take/yvesklein.html
    
  この大原美術館って倉敷か...
  ちょっと行けないな..
 
 ○草間彌生:
 草間彌生の作品は、美術館の常設展でふと見かける。
 いわゆる定番の作品が並んでいる中にふと現れる水玉模様。
 常設展の中に現れたブラックホールのように、異質で気持ち悪くなる。
 なのにまた、なんだか見たくなる。昨年(2004年)は、クサマトリックスも
 国立近代美術館の草間彌生展も見に行ってしまった。
 クサマトリックスなどで、水玉に浸かりまくるのもいいのだけど、
 やっぱり常設展でふと現れる水玉模様の方が、インパクトは強いかな、
 と思う。

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2005.02.28

「変容」Metamorph

新日曜美術館(05/Feb./27)は、ヴェネチア・ビエンナーレ
第9回国際建築展での日本館の特集。
昨年(2004年)のビエンナーレはメタモルフ(Metamorph)
「変容」がテーマだった。

日本館の展示は2004/09月から11月までの期間中に
約5万人が来場し一大センセーションを起こしたということだ。

その展示は..
 "OTAKU persona=space=city" [オタク 人格=空間=都市] だ。

こういう展示だけに誤解されやすいのかもしれない。
今回のビエンナーレは「建築展」であり、決して「芸術展」ではない。
オタク文化が「都市の変容」にどう影響したのか?という観点から
今回の番組や展示を考えないとその意図を見失う。

総合ディレクターのクルト・フォスター氏(Kurt W. Forster)
のコメント
 「文化の完璧な変容。これが如実に表現されているのは
  日本館以外にない」
これに集約される。
別にオタクのこと紹介するのが目的ではないのだ。

以下は気になったコメントのまとめ。
●秋葉原という都市の変容が他の街とは何が違うのか
 特定の業種が集まっているような街は他にもある。
 秋葉原にオタクが集まるようになって、秋葉原という街が
 「変容」した。
 
 従来:行政や企業が都市をデザインしてきた
  秋葉原はオタクが集まることで都市が変容した初めての例。
  このことは秋葉原だけのローカルな話ではない。
  今後は行政や企業のパワーが落ちてゆく。
  それに伴い街に集まる人々の趣味によって、街が変わることが
  増えるかもしれない。
  
●価値観の輸出
 従来:欧米から価値観を輸入して、モノを輸出していた。
 
 日本がモノを輸出するのでもなく、また欧米の人々が何か好みかと
 考えるのでなく、オタクが何を好んでいるかを提示しようと考えた
  
●性格:世界的 文化:日本的
 ゲームなどに夢中で服装に無頓着な人は世界中にたくさんいる。
 しかしオタクは、日本的なモノである。
 つまり性格としては世界的なものではあるが、文化としては
 日本的である。

●オタクとマニアはどう違うのか?
 ・マニア 鉄道、切手、カメラのように具体的に実体のあるものを好む
 ・オタク 虚構の世界のものが対象
       しかも世間的にはダメだと思われているもの
       マンガ、アニメ、ゲームを好む

「侘び、寂び、萌え」の話や、大阪万博が「オタク文化」の始まりの象徴
だという分析は非常におもしろかった。
ただ日本館の展示の意図を伝えるのには、余計な情報だった
かもしれない。あくまで今回の展示は「建築展」なのだから...


■関連リンク
新日曜美術館(2005/Feb./27)
「都市を変えるポップカルチャーOTAKU・おたく」
http://www3.nhk.or.jp/omoban/main0227.html
ヴェネチア・ビエンナーレ第9回国際建築展日本館
http://www.jpf.go.jp/venezia-biennale/otaku/j/
日本館コミッショナー森川嘉一郎氏
http://homepage1.nifty.com/straylight/main/

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2004.09.27

ETV特集 “スロー建築のススメ 藤森照信流 家の作り方”

藤森照信氏は高校の大先輩。路上観察学会を旗揚げしたころ、
高校に講演に来てくれたことがあります。
高校の図書館で路上観察学会の本を読みまくって、さらに講演
の日はがぶりつきで講演を聞いていたことを、思い出しました。
           ●
先週の土曜日(04/09/25)のETV特集。この夏、藤森氏の故郷の
長野県茅野市の畑の中に「樹上の家<高過庵(たかすぎあん)>」
を建築。その約一年の建築過程を追いつつ、過去の活動や作品が
紹介されてゆく番組でした。

番組の後半、建築家の石山修武氏の「世田谷村」を訪れ建築物の
スライドを一緒に見ている。
スライドは、隅田川の河川敷にあるホームレスの住んでいる家。
すべて廃材や拾ってきたものからできている。しかも、ソーラー
パネルが顔を出していて自家発電までしている。
そのスライドの右奥には現代のモダンな高層ビルが写っている。
そのスライドをみながら、石山氏の言葉で印象的だったのが
 ・現代の家は、電気やガス管や上下水道などにつながれている。
  それは人間で言えば病院のベッドで点滴や人工呼吸器につながれた
  状態。
 ・そのようなチューブから独立した建物を造りたいと思っている。
 ・ホームレスの家は、まさにチューブから独立した建物。その正反対
  の存在が右奥に写る高層ビル。

汐留でも品川でも六本木でも、立派な建物が建っていて遠目には
カッコイイ。でも仕事で行っても遊びで行ってもなんとなくつまらない。
建築そのものが我々から遠く離れてしまっていて、建物に人間がか
かわる余地がない、といえばいいのだろうか。
スライドに出てきたホームレスの家は、すべて自分がかかわっている
し、チューブからも独立している。ホームレスの家がモダン建築に
対するアンチテーゼとも言えるのだろうか..

            ●
ふつう建物や家のメンテナンスは“面倒だ”ということで避けられる。
モダンな建築は、まさにそのメンテナンスフリーを目指したものだろう。
その意味では番組に出てくるタンポポハウスやニラハウスや壁の隙間に
芝生が植えられている家など、とんでもない家だろう。ただ、その分
人間が建物に関わる余地がある。
端から見ている分には、なんだかとても楽しそうだ。建物が愛おしく
みえてくる。

藤森氏にとって、建築は人を生かすもの。そして人は建築によって生か
されるという。よく考えれば当たり前のことなのに、すっぽり抜け落ちて
いた視点だった。
建築家としての藤森氏の建築物は知っていても、その建築の考え方は
今回の番組で初めて耳にすることが多かった。
 ん~結論がまとまらなくなってしまった...

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2004.07.24

森美術館「モダンってなに?」を見に行った。

ん~ここの美術館は、なんというか...ツラいなぁ~。六本木ヒルズ自体はそれ以上
に、思想のない作りでツライ建物ですが....

場所柄なのか観客のせいなのか、なんだかワサワサしていて、まったく落ち着いて
見ていられない..土曜日なので観客が多いことは仕方がないのですが、なんだか
観客の質がいわゆる他の美術館とは違うんです。
なんだか修学旅行の高校生のように、興味もないのに有名だからついでに見に来た..
という感じでしょうか。いわゆる他の美術館での混んでいる状態とは違うのです。

というわけで、1500円払ったのですがザーと流して見て10分ぐらいで出てきました。
まあ53階からの景色を見に行った料金だと思っています。

前回の展示の草間彌生のクサマトリックスを見にきたときは、それほどワサワサした
感じはなかったのですが...展示内容の性格もあるのかもしれません。

ここのiPodでの音声ガイドは好きです。なのに...全部貸し出し中なのか
準備中ということで借りられませんでした...それじゃ意味ないだろ!!

3カ所もミュージアムショップがあるのも、商魂たくましいなぁ。

いろいろ文句をいろいろ書きました。確かに今回はヒドかったですが、従来美術館
の形を変化&進化させてくれる美術館だと期待しているので2,3年は期待しつつ
しばらく展示を見に行きたいと思います。、

今日はなんだかついていないことばっかりでしたが、なんと!!我が母校
長野県立諏訪清陵高校野球部が県大会決勝に進出!!!
念願の甲子園初出場をなんとか実現して欲しいです。そして全部歌えば20分かかる
日本一長い校歌を全国に知らしめたい!!
明日、喜びのブログをアップできるよう期待しつつ決勝戦を待ちます。

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2004.06.14

YES オノ・ヨーコ展&再考:近代日本の絵画展

上野の芸大美術館と東京都現代美術館(MOT)で行なわれている
「再考:近代日本の絵画」展を見に行きました。ついでに「YES オノ・
ヨーコ展」も見てきました。

誰もが思うことですがここは「遠い!」芸大美術館も駅からそれなりの
距離はあるけど、ここは果てしなく遠く感じる..

オノ・ヨーコ展は、なんというか「歴史を見に行った」という感じです。
脚立の上に登り虫眼鏡で見る[YES]の文字や、ジョンと知り合うきっかけ
になった釘のオブジェ。そのようなジョン・レノンとのかかわりの中の、
歴史的なオブジェを見た、という感じです。

たぶん60年代にリアルタイムで見ていれば、五感を刺激されてスゴイと
うなっていたかもしれません。いわゆる"Instructions"を読んでみても
疲れるだけでしかなかったです。

また、エントランス・ホールには「エクス・イット[EX.IT]」というオ
ブジェ。100個の棺桶の顔の部分から木が生えていて、スピーカー
から鳥の声がながれている。ただ私は解説を読むまでコレが棺桶には
見えず、新しいベンチでもできたのかと思いあやうく座って休憩しそ
うになりました..
 棺桶にしてはお粗末な板でできていたし「大量の死のなかからも植
物が成長する様子をあらわす」というのだが、もう少し見せ方を考え
た方がいいのでは...

               ●

MOTにはあくまで「再考:近代日本の絵画展」を目当てに行きました。
先にこちらから見たので、目的は達成したのですが「オノヨーコ展」で
すっかり疲れてしまい、ブログに書こうと思っていたことを忘れて
しまいました...
さらにここは常設展が気に入っているのですが、疲れてしまい見ること
すら断念。次回ゆっくり見ます。

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